扇は、その広げた形からもうひとつの名前を末広（すえひろ）といいます。末広は末広がりで縁起がよいということでおめでたいものとして古くからお着物の柄としても使われてきました。こちらの黒留袖にも末広がモチーフとして使われていますが、閉じた状態で描かれているのが特徴です。閉じた末広を互いちがいに向かい合わせて菱形のような柄を形作っています。ただの菱形ではなく、末広で外枠をデザインしているところがポイントです。その菱形の中には、冬でも緑を絶やさない松と翼を広げて飛翔する鶴が描かれています。どちらもおめでたいものである吉祥のモチーフです。その上の菱形には、花や亀甲の模様などがあたたかい色あいで描かれています。裾の方に目を向けると、そちらにも小さな扇形が。海の波がどこまでも続く様子を図案化した青海波（せいがいは）という柄にも、末広を開いた形にも見える独特のデザインです。閉じた末広と開いた末広が巧に組み合わされた、ほかにはない一枚です。