流れる水の繊細なラインと、上品な色使いのぼかしが、優しい雰囲気を漂わせています。留袖をお決めになるときに、どんな柄が描かれているかを重視される方が多いと思いますが、こちらは、流水に吉祥花（きっしょうか）を描いたものです。霞がかかっていたり、柄の上部には鶴の群れも飛んでいます。実にお祝いのお着物らしい、幻想的な情景です。そんな中に、自然物でもお道具でもない、不思議なものが描かれているのですが、お気づきになりますか？花菖蒲の側に二つほど見えるのですが、角ばった記号のようなこの文様、「源氏香（げんじこう）」と言います。組香（くみこう）というお香遊びのひとつで、組合せが52種あって、それを源氏物語の五十二帖にあてはめたものだそうです。文学の知識とお香の知識がなければできない高貴な遊びとあって、上流階級の方々の間でとても流行したのだとか。そのときの判別の図として用いられていたのがこの記号で、いつしかこの記号そのものを源氏香と呼ぶようになりました。そうと聞くと、このお着物からより一層雅な香りがしてくるようです。送り出す立場にあれば、気持ちは急くことが多いと思いますが、こういったお着物の柄を見て、心を落ち着けていただけたら嬉しいことです。